前回「箱根大涌谷のいま その2.5」で僕はこう書きました。
そして一夜が明けた日曜日の朝、箱根は小雨~にわか雨でした。仄かに硫化水素の臭いが漂う雨の中を歩きたくなって9時前にチェックアウトして小涌園バス停まで歩きました。
9月12日夕方急いで宿に向かう時感じた臭いが、雨の降りだした13日朝にはさらに強くなっていたのですが、まさかあの近所がこんな数値になっていたとは


大涌谷周辺の火山性ガスについて | 箱根町より
早雲山別荘地での二酸化硫黄濃度が、9月12日午後は平均 0.2ppm で、13日午前は平均 1.5ppm

その2でもご紹介した日本火山学会のパンフレット「安全に火山を楽しむために」に「二酸化硫黄は水に溶けやすい」とあるので、まさかの日曜日の雨のおかげでガス濃度はいくぶん和らいでいたと思われます。もし雨が降っていなかったら、もうちょっと刺激が強かったはずです。
当時まだ警戒レベルが下がったばかりで大涌谷橋や新噴気域のそばを通る県道734号線は通行止めだったのですが、今は通れるようになっています。ただ早川由紀夫先生のツイートにあるように
「5ppmでも注意喚起に留まる。10ppmになって初めて通行止め。箱根山の二酸化硫黄対策は、他地域と比べてかなり甘い。9月13日と18日に、大涌谷橋で3.4ppmだったという。あ、10月3日は4.5ppmだった。」
県道を通行止めにする基準が甘すぎるというのは同感です(僕は箱根滞在中に神奈川新聞でこの数値をみかけたのですが、当時箱根町による告知はなく「10ppmで通行止め」は新聞屋の勘違いだと思った)。

ようこそ大涌谷へ
たとえば大涌谷に流入する自然研究路や県道(今も通行止めになっている区間)は「二酸化硫黄濃度 2.5ppm で警戒し、5.0ppm で立入禁止にする」とありますから。歩行者や自転車も通過できて、しかも大涌谷を垣間見れる新観光スポットになりつつある県道734号線は大涌谷と同じ基準か、地形的に大涌谷橋付近は火山ガスが流れ込みやすいので厳しくてもいいくらい。いちおう大涌谷周辺の火山性ガスについて | 箱根町には
風向きなどにより大涌谷橋で高い濃度が計測されることがあります。濃度によっては、大涌谷橋付近での駐停車をしないよう注意喚起するほか、県道の交通規制を実施する場合もあります。
とも書いてありますけど、突発的にガス濃度が高くなりえますので、警戒レベル3の時に立入禁止だった県道734号線付近に行かれる方は「濡れマスク」や「濡れタオル」を持参されることをお薦めします。

さてその2.5からかなり引っ張ってしまいましたが、「箱根火山の今を理解する」の特別パネル展示について触れたいと思います。ただ左パネルは、箱根ビジターセンターにもあった「箱根火山のいま」「こんなことが起こりました1~3」パネルなので省略して、手前にテーブルがある右パネルから順番にみてゆきましょう(4枚目は裏側です)。




これらのパネルに出ている情報は温泉地学研究所や国土地理院などでリアルタイムに見てきたので割愛します。ただ「【2】GNSSでとらえた山体膨張の様子」パネルにあった「山体膨張と基線長の変化」は分かりやすかったですね(どこかで似たような図を見たなと思ったらこの記事か。→神奈川県温泉地学研究所観測だより,第 64 号,2014「箱根山の火山活動」の図2)。

箱根山周辺の GNSS 連続観測は「山をまたぐように場所に設置された2点の間の距離の延び」を観測するもので、これは「マグマだまりの膨張である可能性を示唆」するもの。一方温泉地学研究所で公開している傾斜計データはマグマ溜まりの上に存在する「カルデラ内の比較的浅い場所」の膨張をとらえるもの、という違いがあります。
なお傾斜計データに注目して、2001年の活動時と比較すると「今回のほうが明らかに変化速度が速いことがわかりました」。
これまで積み上げられてきた観測データから「箱根火山の火山活動のモデル」は以下に理解されています。

箱根山直下で、地表に近いところに大きな熱水溜りがあり、だいたい深さ7~10kmより深いところに「マグマ溜り」らしきものがあるということです。
つづいて箱根火山の基礎知識をみてゆきます。
「箱根はこうして生まれた」隠された湖と発達形成史
箱根のボーリング試料を丁寧に観察していくと、いくつかの試料から、湖沼の堆積物が発見されました。現在は埋まってしまって見えませんが、強羅や仙石原にかつて湖をたたえたカルデラ湖があったと考えられます。
このように地下に埋もれたカルデラのことを、潜在カルデラ構造といいます。
(略)
潜在カルデラはおよそ8万年~6万年前の噴火のなごりと考えられます。
ここにある図と詳しい説明は、萬年一剛先生の神奈川博調査研報(自然)2008, 箱根カルデラ―地質構造・成因・現在の火山活動における役割―に出ています。
≪個人的なメモ≫強羅潜在カルデラ構造の東縁は蛇骨川に沿う「箱根町―宮城野断層」によって画されると考えられるが、チェンバレンの小路にかかる吊り橋から早川を100mほど遡った「北岸にある岩壁では,ほぼ垂直な断層を挟んで早川凝灰角礫岩と外輪山溶岩が接している」露頭が観察できる(「箱根火山群,強羅付近の後カルデラ地質発達史」)。メモ終わり。
「箱根のマグマはどこにある?」地震波でさぐる地下構造
地震波は、縦波(P波)と横波(S波)の2種類の波からなります。
(略)
この二つの波の速さの比から目に見えない地下深くの構造や状態を探ることができます。これまでの観測結果から推定すると、箱根の地下約10km付近にマグマだまりと考えられる領域があることが分かりました。また、地下 7km くらいまでの深さには、熱水や火山ガスが多く含まれる領域があることもわかってきました。
またS波の詳細を調べると、地下での岩盤の、亀裂の入り具合の強弱の状況も推定できます。箱根に複数ある地震観測点の下の亀裂の様子を調べたところ、湖尻や小塚山付近ではおよそ 1.5km の深さまで、たくさんの細かな亀裂のある領域が存在していることがわかりました。火山ガスや熱水や地下水がこのような亀裂を移動することで、微小地震活動が起きたり温泉が湧出するといった現象が起こると考えられます。
そういえばこのパネルを見ながら思い出した連続ツイートがあります。
早川由紀夫 @HayakawaYukio 12:37 - 2015年8月31日
水蒸気爆発は、噴出量は少ないが、強い爆発をすることが火山学の常識。岩塊が遠くまで飛ぶ。1キロなんてやすやすと超える。箱根山で1キロ規制なのは、ひとが1キロまで肉薄して土地利用しているから、それ以上の規制ができにくいことによる。
早川由紀夫 @HayakawaYukio 12:39 - 2015年8月31日
これだけ地下の広い領域で地震が起こっているのだから、噴火してもマグマは出ないとする根拠は乏しい。このたくさんの地震すべてがマグマによらないと考えているプロはいるのだろうか?水蒸気だけが出るの予想は、多分に期待が入っている。
こんなツイートが流れてきたら、(マグマが上がっているニュースはないけど、活発な地震活動でマグマが上がっているのだったら、そのうち御嶽山みたいな事件が起きるんじゃない)と勘ぐってしまう人が出てきても不思議はありません。シビアなマグマツイートについてはまた「その4」で考えたいと思います(続けるのかよ)。
「温泉はどこからやってくる?」地質構造と結びついた温泉の成因モデル
箱根の中央火口丘周辺の温泉分布は、潜在カルデラ構造の位置にほぼ重なることがわかってきました。温泉水が温かいまま維持されるには、地表から冷たい雨水が浸透するのをブロックする地層の存在が不可欠です。潜在カルデラの内側には、かつて湖があったと考えられています。その湖の底に溜まった堆積物が、温泉を保温するフタの役割を果たしていると考えられます。
さらに、潜在カルデラ構造の内側にある強羅付近の複数の温泉の成分を詳細に調査すると、6つのタイプに分類できること、温泉中の重炭酸イオンと硫酸イオンは火山ガス由来であることなどがわかってきました。これらの点から、温泉の生成機構は地質構造と深く関係すると考えられます。(後略)
詳しくは温泉科学(J. Hot Spring Sci.)(2011)「箱根強羅潜在カルデラ内に湧出する温泉の新しい分類」にあります。

ただ温泉地学研究所ホームページに泉質を4種類に分類し分かりやすく説明したものがあるのに、なぜ今回パネルで使わなかったのだろうと気になっていました。調べてみたところ、高温のナトリウム塩化物泉が「早雲山噴気地帯の地下100メートル」から深層地下水として流れているという説明が、「蛇骨川を横切る地下水の流れは考えにく」いこと、蛇骨川右岸から前期中央火口丘(新期外輪山)で湧出している塩化物泉が説明できないこと、高温NaCl濃度の低下が流動方向に沿って認められることから却下された模様(「箱根強羅地区における深部地下水流動モデル」)。
また別の論文では、N60W方向に伸長する塩化物泉上昇帯、群発地震の開口クラック、S波を偏向させる異方性構造といった強羅潜在カルデラ内でみられることは、「中央火口丘の火山列の方向に一致する」(「プルアパート構造としての箱根カルデラ」)。
そのため箱根温泉がどのようなプロセスを経て湧いているかわかれば、箱根火山の深層地下水の解明だけでなく箱根中央火口丘の理解にもつながるということ。蛇骨温泉の塩化物泉はどのように火山と結びついているのか。今後の研究に期待したいところです。
話がそれてしまいましたが、「箱根火山の基礎知識」は以上で、そのほかに少なくとも3枚のパネルがありました。


3000年前の箱根火山最後のマグマ噴火と、それ以降に起きた地層に残っている水蒸気爆発(大涌谷テフラ2については紹介済み)。
ただですね…




箱根火山最後のマグマ噴火について嘘ツイートが散見されるので、今度島村英紀氏の著作ごと切り捨ててみたいなと思ったりして(Twitterはネタの宝庫)。あ、パネルの話に戻ります。

「いち早く変化をとらえるために」。現状の火山観測では変化を探知することとデータに基づいて起きたことを後づけで解釈することくらいしかできませんが、
(噴火の)「閾」がわからないことも同じだ。
観光客が多数集まっていて、噴火したら大きな災害になりかねない活火山である箱根山は、なにかあったら箱根から外へ避難する道もごく狭いものがわずかな数しかない。富士山とともに「危ない火山」の代表的なもののひとつ(島村英紀「火山入門」より)
であるからこそ、温泉地学研究所や地質学者は箱根山の噴火史の研究を重ねて、気象庁とともに日夜監視しているのです。その1を書きはじめたとき僕も一部疑っていたのは否定しませんが、箱根のことをよく知ることで、警戒区域が狭い理由も理解できましたし、一泊二日で箱根をまわることもできました(その2)。
【10/28 8:33追記】「火山を正しくおそれる」なんて言葉が一時連呼されましたが、結局のところ報道やつぶやきで流れてくるものを鵜呑みにせず、自分で正確な情報を選別できないと意味がありません。
箱根山が火山活動をしているからといって、マグマが海抜付近まで上がってこない限り水蒸気爆発を心配する必要はないのです。といって島村英紀氏の著作のようないかにも過去の巨大噴火を恐れるべき理由がありそうな記述や、先日の鹿児島湾のカルデラ火山観測結果についてのプレスリリースのような

火山活動の一事象が気象庁のレベル4相当であるかのようにみなす記述もあるので、情報の取捨選択はなかなか難しいのも事実ですが。追記ここまで。
ついに10月30日金曜日より箱根ロープウェイが「桃源台―姥子」間で運行再開しますが、紅葉や温泉を楽しみに行かれる方はぜひ楽しんできてください。僕も雪が降る前にもう1度箱根入りしたいと思っています。
最後に、2015年10月26日に公開された第133回火山噴火予知連絡会資料の中から、箱根山に関して興味深かった点だけまとめたいと思います。
* 8月6・29日、9月3及び29日に実施した現地調査で、15-1火口内部で暗灰色の土砂噴出とみられる現象を観測した。現象の規模は小さく、噴出の高さは火口縁の高さ以下で、観測中火口縁から外へ噴出物が飛散することはなかった。
* 気象庁機動観測班が実施していた現地調査及び大涌谷に設置している遠望カメラによる観測では、15-1火口や噴気孔、またその周辺の大涌谷温泉供給施設から引き続き噴気等が勢いよく噴出しているのを確認。勢いは7月の頃と比べて収まってきているように見受けられる。
* 地震回数は少ない状態で経過している。火山性微動は6月29日に発生して以降観測されていない。
* GNSS連続観測では大涌谷を挟む基線で、4月下旬から伸びがみられたが、8月下旬頃から停滞し、山体膨張は停止したものと考えられる。
* 6月29日の火山性微動は、微動源の水平位置を大涌谷周辺と仮定すると、深さは 0.2km 程度に推定される。
* 6月29日夕方の会見で「変化はなかった」としていたのに、翌日お昼の会見で「精査したらありました」と発表した空振計のデータ(↓)
なお6月30日の噴火は、大涌谷に設置された空振計と地震計に明瞭に記録される特徴があった。
* 900hPa の高層風を用いて算出した二酸化硫黄放出量の観測結果(試験実施)。
7月14日と21日、200t/day
* 第20図 箱根山 遠望観測による噴煙高度の経過
* 第22-2図 箱根山 一元化による最近の震源分布図(2015年1月1日~2015年9月30日)
* 第27図 箱根山 一元化による震源分布図(2001年1月1日~2015年9月30日)
* 箱根山大涌谷周辺における全磁力観測
7月以降北側観測点でわずかながら全磁力の減少傾向→地下で帯磁が進行→「山体が冷えていく過程」
[おんちけん]
◎地震活動の概況 「これまでの最大の地震は6月30日06時56分に駒ヶ岳付近で発生したM3.4の地震である(略)。4月26日以降、大涌谷で震度1相当以上の揺れとなる地震は143回観測されている(10月11日現在)。
6月29日16時頃より震源が火口近傍の極浅部に推定される2-8kHzに卓越した連続的な微動が上湯場、大涌谷観測点を中心に観測された。これは、気象庁が火山性微動として報告している同日7時32分から約5分間継続した振動とは性質が異なる。29日16時以降の微動と空振はほぼ同時に起きているように見える。
目視による地震回数の日別変化から今回の活動と2001年の活動の推移を比較すると、両者は概ね同様な傾向を示している」。
◎地殻変動の状況 6月29日朝大涌谷方向が隆起する傾向を示す傾斜変動や地震計が記録した長周期の変動などから圧力源を推定した。「その結果、上湯場から神山付近にかけてのごく浅い場所に、北西―南東方向に走向を持つ、北東傾斜の開口クラックモデルが得られた。
GPSによる基線長変化を見ると、6月1日頃を境に変動速度が遅くなっている。そこで火山活動の開始から5月末まで(Stage Ⅰ)と、6月初めから噴火前日(6月28日)まで(Stage Ⅱ)の2つの期間に区切り、球状圧力源1つを仮定したときの、期間ごとの変動源の推定を行った。さらに、これら2つの膨張源位置を固定し、体積変化速度を推定したところ、Stage Ⅰの膨張源(神山直下深さ8.4km)は…6月以降鈍化しているのに対し、Stage Ⅱの膨張源(早雲山のやや東深さ1.6km)の膨張は5月15日頃に開始し、噴火まで継続していることがわかった」。
◎地表面現象 「大涌谷に設置したタイムラプスカメラの映像から、噴気量は噴火が発生した6月29日から7月1日以降2週間程度高い状態が続いたが、9月には減少しているように見える。9月末の上昇の理由は不明だが、気温が低下したためかもしれない」。
◎その他 大涌沢の水質変化を見ると、噴火当日は熱泥流のものであるが、温度、カルシウム、硫酸イオンが高い一方、塩化物イオンはとくに大きな変化が見られない。期間中の沢水はいずれも温泉の分類では酸性―カルシウム―硫酸塩・塩化物泉で、大涌谷の蒸気井とほぼ同様であることから、深部熱水ではなく、蒸気井と同様の帯水層から泥流がもたらされたものとみられる。
[いずはんとうジオパーク]
●箱根大涌谷 2015 年噴火火口の遠望観察
火山灰の大部分を噴出した大涌沢北側の急斜面に開口した火口群のイラスト
気象庁と温泉地学研究所の報告はどうもすり合わないような気もしていますが、きっと気象庁の作文が下手なのでしょう(人のことは言えませんが)。
そういえば気象庁が箱根山に新たな火山カメラを設置して10月27日15時より運用を開始しています。ただし大涌谷北側斜面が邪魔をするロケーションなので、谷間の奥までは見えなさそう。せっかく同じ別荘地内で運用しているのだからNHKさんにお願いはできなかったのかしら(笑)
気が向いたら「その4」に続きます。